55: 初夏の太陽に浮く

















青い風が吹き抜けた。
過ぎ行く光と風景がいかにも初夏さながらで芳しい。

















「よし!走ろう!」

「朝から?」

「おー!」





キラキラ光る太陽の矢が幾重も地上に降り頻る初夏。
木技が色づき心が沸く。
空気は済み渡り心が跳ねる。
そんな中慈郎はいきなり走ろうと提案してきた。
教科書の入ったバッグとテニスバッグといった、いわゆる“大荷物”な跡部は
まさかと思い聞き返したが、勘違いなどではなかったようだ。
跡部の反応をよそに、慈郎は一人で盛り上がり大声で吠えている。

跡部の「街中だから」という声すら、高ぶった今の慈郎には届かないようだ。






「行くぞ跡部!」

「転ぶぞ、人も多いし荷物も多いっ」

「大丈夫だからっ」






慈郎が跡部の左手を無理矢理掴んで走り出す。
その力強さに跡部は走らざるを得ない。

自然と慈郎の位置まで跡部の長い脚が追い付きそうになると、
悔しくて慈郎はもっともっと足を早めた。
まるで手を繋いだままの鬼ごっこのよう。
追い付きそうで追い付かない、でももう繋がっている。
そのまま、スピードを増し息を切らせ、風を切る、切る、切る。

人にぶつかり、人を飲み込む
景色が流れ、風になる

風になる

風になる














気付いた時には、学校とは全く違う場所に来ていた。

辺りはサラリーマン、キャリアウーマンの海。
二人をぐるり囲む高層ビルの壁は、まさにコンクリートジャングル。

明らかに場違いの二人は、道行く人にじろじろと見られそして見て見ぬ振りをされた。


なんだか周りとのそのテンションの差に急に恥ずかしくなってきた慈郎は、下を向く。
まるで夢を見ていたみたいな先までの体の軽さは、今では鉛のように重い。





「…学校行くぞ」

「ってもぅ遅れてんじゃんっ」

「いいから」

「…ふぁい」






初夏の太陽に浮かされて随分舞い上がってしまったよう。
頭の悪い行動に我に返った、中途半端に大人な慈郎が「幼稚だったなぁ」と恥ずかしそうに言うと、
「それがお前のいいところだろ」と跡部は返した。

そんな跡部の涼しげな態度に、なんだかむずがゆくなる。
慈郎の照れたような顔を横目に見ながら、跡部は清々しいという顔をして言った。





「風になったみたいだった」

「ぶっ、すげ、跡部ファンシーっ」

「お前は思わなかったか」

「……」

「真面目に毎日学校もだるいし、たまにはこうゆうのもいいな」

「…じゃあまた走ろっか、今度」

「ああ」





毎日型にはまった生活をしている。
人目を気にして、下手な事はせず埋もれ過ぎず、そして適度に目を惹く存在であろうとする人々。

勿論跡部と慈郎も例外ではない。





「次は海まで」

「何キロ走んの」

「じゃあ空まで」

「ちょ、それは夢見すぎっ」

「どこまででも行こう」

「二人で?」

「二人で」

「…かぁっこいいーっ!」





いつしか慈郎の恥ずかしい気持ちは消えていて、鉛のよな体は再び軽やかに戻っていた。







跡部は生まれて初めて遅刻をした。
教室に入る時、あんなにもみんなに見られることを知った。
そして、みんなが授業をしてる時に歩く道は、解放感に満ち溢れていることを知った。







跡部と慈郎の小さな非行。
たった1時間程度の他愛ないものだけど随分愛しい時間。


その行為で得たものは、小さな自由と、教員の雷だった。









終


2007.06.04.





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