54: 人形のよに包まれて













「………慈郎…」

「どうよ、このギャル男スタイル(笑)」

「なんだその(笑)は」

「微妙に似合うから(笑)」

「似合うけど似合わねぇ。もういっそマッパでいろ」

「それ跡部が見たいだけだろっきゃーえっち!」

「見たくねぇ」





跡部は俺の格好によくケチをつける。

基本的に楽な格好が多い俺だけど、ジャージとか。
でも、そんな俺でもたまにはバッチリ決めたりする。
例えば跡部の家に遊びに行く日とか泊まりに行く日とか。
跡部に会うからとわざわざお洒落するのに、そんな時に限って跡部はよく文句を言った。





「いいからそのTシャツ脱げ」

「やーだー」

「なんで」

「似合うから」

「……いいから脱げっ俺の服着せてやる」

「じゃあ脱ぐ」





交渉成立。
俺は跡部の言う通りTシャツを脱いだ。
未発達な体が跡部の視線に晒されて、微妙に気まずい。
跡部もこちらを見なければいいのに、むちゃくちゃ見てくる。
舐め回すような視線とは正にこの事。
俺は気まずさから胸をさっと手で覆い隠した。





「…何してんだお前」

「跡部が人のビーチク真面目に見つめてくるからー」

「あったら誰だって見るよ」





いや、普通はちらっとは見てもじっくりは見ないよ。
頭の中でのツッコミだから毎回空回り、別にもう慣れたけれど。

俺が脳内ツッコミを決めている中、跡部は今まで自分が来ていたTシャツを脱ぐと、
それを俺に渡してきた。
脱ぐ姿は潔く、ぐいっと一気に脱ぐから本当に格好いい。
大胸筋や腹筋が逞しくて、もう好きにしてくれという感じだ。





「へっへっ、ありがてぇ」

「何キャラだ」

「時代劇に出てくる下っ端の悪い奴」

「一人称が“あっし”の奴な」

「そうそうっ」





俺は渡されたTシャツをありがたやありがたや言いながら受取り、すぐに袖と頭を通す。
Tシャツから溢れる跡部の温もりと匂いが俺の中に静かに溶けて、一体となった。





「あー、俺今跡部に包まれてる…」

「………俺お前のそうゆう気持ち悪ぃとこあんまり好きじゃねぇな」

「全てを好きな人間なんていないんだから、それぐらいがいいしっ」

「暗に直せって言ってるんだが」

「俺も跡部の男臭いとこあんま好きじゃねぇよ」

「お前には負ける自信あるな、俺」





一連の会話をしながら、跡部はクローゼットから
新たにシャツを一枚取り出して身に纏った。
その動作にもまるで無駄がなかったから、
ボタンを留める指先にドキドキしたから、もう好きにしてくれと思った。





「跡部」

「何」

「キスしよ」

「はいはい」





跡部の顔が近付いて、俺はそっと目を閉じる。
本当は勿体ないから目なんか閉じたくないけど、結局近すぎて見えないなら閉じておこう。

触れた唇は適度な柔らかさ、適度な温もり。
裸になってる時よりもずっと、ドキドキする瞬間。
こうゆう時、常々俺はやっぱり跡部が好きなんだなと思う。





「…」

「どうした?」

「ううん、もっかい」

「はいはい」





再度唇が触れて思い付く。
そうだ、今日は跡部に全部決めてもらうのはどうだろう。
俺の着る服も、食べる物も、する行動も、全てを跡部に任せよう。

いつもは好き勝ってされてたまるかと思うから絶対に思わないけど
たまには全てを包まれるのもいいかもしれない。





「跡部、今日の俺の行動全部跡部にあげる」

「全部?」

「そう、服も飯も髪型も全部、跡部が決めてよ」

「…あぁ、いいよ」

「ただしニンジンは食わない。何があっても食わない」

「口応えもするのかよ?」

「当然!」





跡部が笑った。
おかしくてしょうがない、て風に珍しく顔を崩して笑う。
笑いながら、大きな片手で目元を隠す。
長い指と指の隙間から、優しく細められた跡部の目が覗く。
ああ、俺はこの顔が好き、激しく好き。
崩してるのに綺麗だから、胸が高鳴る。

恋って奴は単純で純粋な思いだけを俺に与えてくれるんだ。






「じゃあ今日はファッションショーだな」

「モデルは俺オンリーでね」

「着せかえ人形にしてやるよ」

「女装とかさせられそう」

「勿論」






たまには全て包まれて
心の底から安心して息を吐き出す。
そんな日があってもいいのかもしれない。

今日は胸が一杯で幸せだから
着せかえ人形でも許してあげるよ。


だからちゃんと、俺の全てを包んでね。













終


2007.05.23.





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