53: 運命の杯を

















手が指が触れて

些細なことなのに、運命を感じた。














運命を感じる奴がいる。
運命を感じずにはいられない奴がいる。

それは、恥ずかしい恋だの愛だのというものじゃなくて、もっと深くて大きいもの。

ああ、きっとこいつがいなかったら俺は俺ではない。
そう思える相手。













「慈郎」

「あ、」

「お前、高校上がりだろ?」

「よく考えて跡部、俺が外部受けれる頭してると思うかい?」

「いや、ならいいんだ」





不安になる。

君がいないと不安になる、不安定になる。


友情とも愛情とも違う深い感情が自分の奥底で渦巻く。

胸がざわつく
呼吸がしづらい
視線が泳ぐ


運命とは、なんてとても強い引力で慈郎を俺に引き寄せる。





「跡部も上がりなんかい?」

「あぁ」

「よかった」

「んだよ」

「高校入ってみたら、跡部は外国でしたーなんてオチかなって想像してたから」

「すんなよっそんな想像」

「跡部はいつどこへ行くか判らんからなぁ」





それはお前の方じゃないか、という言葉をぐっと胸にしまい込む。

君を必要としてるのは俺だけだから。





「あとべー」

「なんだよ」

「恋、してる?」






「なんだよ急に」

「何今の間」

「お前の口から色恋の話が出るなんて」

「ひでぇよ跡部」





慈郎が楽しそうにケラケラと笑う。
何故焦ったのか、それを誤魔化すように俺も笑う。



どうした何を焦る必要がある。
しっかりと考えろ冷静になれ。



大丈夫、これは恋ではないから。





「そういうお前こそ」

「俺?」

「聞いて欲しくて俺に話振ったんじゃねぇの?」

「あ、正解ー」

「え」

「好きなやつができてさ」










いつだって必要としているのは俺だけ。

(大丈夫、これは恋ではないから)










「そうなんだ」
(決して恋ではないから)

「うん」

「よかったな」
(慈郎がしあわせに)

「でもあんまり相手にしてもらえねぇの」

「もっと頑張れよ」
(なれるのならば)

「頑張れっかな」

「頑張れるよ」
(それだけが俺の役目)





片方にしか訪れない運命もある。
どんなにそれを願っても、二人の道が交差しないこともある。
交差してもすれ違い、二度と交わらないこともある。




一人よがりの運命を感じる俺を知らないまま、慈郎は未来へ歩みを進める。
俺はその背中を押してやる。
自分の気持ちを押し込めるのはもう慣れた。






運命は片方にしか訪れない時がある。





(大丈夫、これは恋ではないから)





君が幸せならそれでいい。
それが俺の全てだから。












終


2007.05.22.





ブラウザを閉じてお戻り下さい。
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送