51: 光さす庭








いい天気、電車に乗って出かけよう。
空いた時間に空いている場所へ。
目的地は未定、テーマは【光さす庭】。

















「よしっ待ってろ跡部!」

「あぁ」

「絶対着いてくんなよ!」

「判ったから、ほらこれ、持ってけ」





色の薄いTシャツの真ん中には大きなセンタープリント。
けばけばしい色が暴れまわって一つの絵を象っている。
色の洪水の上には、少し薄目の春物シフォンシャツを羽織る。
そのシャツにも不思議な柄が描かれていて、それを見た跡部は綺麗な蒼眼を細くして笑った。
目元には最近買ったばかりのでかサングラス。
スッキリピッタリした白デニムにお気に入りのベルトと鰐革の靴を合わせて、
財布と携帯だけをケツのポケットに突っ込んでさあ出発。

跡部が持たせてくれたおやつのドーナツは、既にいい匂いをさせていて食欲を誘う。
誘惑的なそれに負けないよう、俺は一気に駆け出した。





見た目があれな俺と可愛く甘いドーナツ、不釣り合いな二人の旅の幕開け。
目的地は【光さす庭】。
電車は揺れるよどこまでも。





景色を見ながら、脳裏に跡部の声が浮かぶ。

『遅くなってもいいから、必ずここに帰ってこい』

俺は浮気なんてしないのに、心配性でバカな跡部。

でもそんな所が好きだから、わざと心配をかけてしまう俺。
そんな俺を、跡部はきっと許すだろう。





電車に揺られ、車窓から覗く気になる風景、駅名の所で降りてみた。

短めのTシャツから自慢のお腹をチラチラさせて、当てない目的地へGoGoGo

ああ、跡部のいない世界は広すぎて不安になるよ。
ホラ誰も俺を放っておかない。
みんなが俺に釘付けさ。
でもそれは全部俺とドーナツのミスマッチさに所以しているのだけれど。






道行く人を尻目に、手持ちのドーナツの箱を顔の横で揺らしてみる
カタカタ、カサカサ、ふわり、いい匂い
ううん、そろそろおやつ時の15時
食事の場所を探さなきゃ
………あ、なんだあれ
花、草むら?












気付いた瞬間にはもう走り出している俺。
あれこそきっと目的地、【光さす庭】。


一気に走って草のベッドにダイビング。
勢い余って体を縮めて緩い傾斜をゴロゴロ転がる。
地面から半分顔を出す石に体を沢山ぶつけて痛い。
けど鼻孔をくすぐる初夏の緑の匂い、花の香り。
わぁすげぇ
あ、やべっドーナツは、
よかった大丈夫だ。





「……ぶはーっ」





息を大きく吐き出して、肺一杯に初夏を取り込む。
少しそのまま空を見上げていたら、なんだか無性に跡部に逢いたくなって。
空の青は跡部の色、海の青は跡部を思い出す色、青は跡部の色なんだ。

思い立ったらすぐ行動。
草むらベッドから体を起こし、跡部に渡された小さなボックスからドーナツを一つ取り出し
一口ぱくりとくわえて、携帯を取り出し電話をかける。
俺の電話が繋がるのは跡部が相手の時だけ。
後はほとんど繋がらない。






『もしもし』

「跡部、テレビ電話しよーぜ」

『んだよ、もうしてんだろ』

「はははっなぁ見て、いい景色っ」

『本当だ、綺麗だな。…今ドーナツ食ってんのか』

「おぉ、うまいぞドーナツ」

『そりゃよかった』





跡部が笑いながら話してくれる。
俺はサングラスを外して首にかかるチェーンにかけた。
カチャカチャ音をさせながら、もぐり大口で一口ドーナツを頬張る。

この景色と、俺がドーナツを食う様を跡部は微笑ましく思うがいいよ。

素晴らしいこのプレゼント、君は気に入るかな?





『やっぱりついていけばよかった』

「駄目でーす」

『なんでだよ』

「大草原の息吹を感じて、跡部も新たな生命を誕生させようとするから」

『判りづれぇ。大体大草原って程でもねぇじゃねぇか』

「つまりー跡部はそのままやりたくなるっつー話!」

『ハッなるかよ』






跡部が眼と口だけで笑う。

俺の体の下の草花よ、見ているかよく見ろ。
俺の跡部は綺麗に格好よく笑うだろう。
羨ましいか、やらないぞ。
跡部は俺だけのものだからな。






『慈郎』

「ん」

『前言撤回。早く帰ってこい』

「寂しくなった?」

『あぁ』

「俺も」

『慈郎、』

「俺も、すげぇ寂しくて、すげぇ跡部に逢いたい、今、今逢いたい」

『…なら早く帰ってこいよ』

「ドーナツ全部食ったら帰る」

『……』





跡部がテレビ電話の前で盛大に溜め息をついたのがおかしくて、人目も気にせず大声で笑ってしまう。

やっぱりそんな所が好きだから、仕草が態度が格好いくって愛しいから、意地悪しちゃうよ。
でも跡部はそんな俺をやっぱりきっと許すのだろうね。





「じゃあね跡部」

『…早く帰れよ、いいな?』

「ドーナツ全部食ったらねっ」





俺はまだ、跡部が話し途中な電話を勝手に切って立ち上がった。
丈の短い草原を踏み荒らしながら、ドーナツをもう一つ取り出し口に運ぶ。
目的地は元来た道、元いた場所。



跡部に渡された小さなボックスの中には、
まだ食べられていないままのドーナツが二個、カサカサと揺れていた。














終


2007.05.21.





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