48: 別れの曲















「ねぇ。なんか弾いてよ」

「残念、俺は鳴らすのは人間だけって決めてんでな」

「なんかソレえろーい」

「試してみようか?」











雄大な灯火が音楽室に静かに差し込む。
放課後の音楽室は暖かいのにどこか感傷的。
これが夜になったら一気にホラーになるのだから、学校ってものは本当に不思議だ。

柔らかなオレンジが慈郎を染めて、表情すら穏和にしているように魅せる。
音楽室はやはりつくづく不思議だ。







「ピアノがあるよ跡部」

「音楽室にピアノを置いてない学校ってあるのか」

「知らねーよそんなん」






慈郎があたたかく柔らかいまま、あるだけで存在を主張させてしまうグランドピアノに近付く。
ただ、蓋が閉められているため扱い方が判らないようで触れたり眺めたりするだけだ。

ピアノの表面を指の腹でなぞるだけのナチュラルな仕草は
どこか少し感能的で、慈郎はこんなだっただろうかと錯覚を起こす。

光がピアノにも慈郎にも俺にも降り注ぎ、部屋は優しく燃え上がる。





「ねぇ。なんか弾いてよ」

「残念、俺が鳴らすのは人間だけって決めてんでな」





慈郎がこちらに振り向いて言う。
なんか、とはまた漠然としたリクエストだなと呆れてしまった。
曲名を言うのが面倒なのか単に知らないだけなのか、慈郎は笑顔で言うのみだ。
俺はそれに冗談じみて至って真面目な反応を返す。
俺が感能的にピアノを鳴らすより、人間に感能的に鳴いてもらう方が趣向に合うじゃないか。






「なんかソレえろーい」

「試してみようか?」






慈郎に優しく笑いかけながら近付く。
1歩1歩近付く度に慈郎がにやりにやりと口だけで笑う。
楽しみなのかもっと別の意味なのか、にやり笑う慈郎に俺は訳もなく欲情する。
でもまだいけない、それは夜のお楽しみにとっておこう。
俺は慈郎の目の前まで行って小さな体を優しく抱き締めると、そのまま力を入れて持ち上げ
ピアノの上に座らせた。
俺より視野が高くなった慈郎はハンッと笑って俺を見下ろす。






「俺よりも高い所に行けて満足か?」

「あぁ、いい気味だ」

「それはよかった」






俺は慈郎に向け優しくキスを贈ると、そのままピアノの正面に移動した。
弾く準備をするため重い蓋を注意しながら開け、チューニングが必要か確認する。
ド、ド、ド、ドレミファソ
ドレミファソラシド






「弾けそうかい?」

「問題ない」

「1曲お願いしまーす」

「じゃあこの1曲をお前に」





優しい音色でピアノが鳴き始める。
優しく鳴るように弾いているのだから、勿論そう鳴ってくれないと困るのだが。

優しい気持ちで優しい心で弾く曲は、フレデリック・ショパン作曲の練習曲「別れの曲」。
今日と同じ日はもう二度と戻ってはこない、同じ毎日はない。
君と今過ごす時間もホラ、もう過去へと流れる風のよう。

素晴らしい今日に別れを。
今日という日との永遠の別れを。
この曲にのせて。






「…変な曲」

「普段クラシックを聴かないお前にはそうかもな」

「まぁいいけど」

「慈郎」

「はい?」

「誕生日おめでとう」






この素晴らしい日は一日しかない、24時間しかない、1440分しかない。
休日の学校、物憂い薄夕闇の中で別れの曲を捧げるのも今この瞬間だけ。
この色彩の中でこの温度湿度の中でピアノを弾くのも今この瞬間だけ。

別れの曲を君に。
今日という日との永遠の別れを。
訪れる明日を迎えるように、後悔しないように。





「…」

「…」

「…跡部」

「ん?」

「キスでも、しようか」

「あぁいいぜ」






愛しい慈郎にハッピーバースデー
生まれてきてくれたことに、もてる限りの感謝を。





「HappyBirthday,Jiroh」











終


2007.05.05.
J.Akutagawa HappyBirthday!!





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