45: 狼愛想














「お前、隙だらけだ」

「ん?」

「ヘラヘラ笑ってんな」

「な」







彼の唇は想像以上に柔らかかった。















彼は誰にでも笑っている。
俺はそれに苛立っている。
ニコニコ、ヘラヘラ、愛想振り撒いてんじゃねぇよ。

あ、また笑った。
また笑顔。
また、また、また。










風が顔を覗かせているつぼみを凪いだ。
もう少ししたらすぐに桜が咲いてお花見シーズンの幕開けだ。



そんな麗らかな季節に俺はとても嫉妬をしている。

この感情が友情間におけるものじゃないと気付いたのは実はつい最近。

そばにおいていないと何時からか不安を感じるようになっていた。




違う木では既に花を咲かせた桜が自分の存在を主張している。
ここの桜は少しだけ出しゃばり。

俺は自然と彼を見る時間が増えていた。

ただ眺めて見つめて、心が安らぐのを感じていた。
それと同時に胸に幸せの高揚が訪れるのも。


そこでやっと彼について初めて気付いた事がある。
新しい一面に気付けた喜びと、今まで騙され続けてきた憤慨は俺に新しい気持ちを生んだ。








「よぉ」

「なんだ跡部か」




彼が桜に似せて笑う。
ほぅらまたそんな笑顔。
いい加減虫酸が走る。




「お前さ、なんでいつも笑ってんの」

「楽しいから」

「嘘つけ、お前の奥の感情なんかとっくに気付いてんだよ」




流れる空気がピリリとしたように感じる。
この言葉が彼の世界をどう変えたのだろう、想像するとそれは快感に変わった。
一体どこまでの衝撃を与えられただろうか。

俺が口元だけでニヤリと笑うと、彼は初めて見せる笑顔で微笑した。


妖艶でも華やかでもない、不吉不適な笑みだった。




「頭のいい奴はこれだから困る」

「頭どうこうの問題じゃねぇ」

「んだよ」

「お前に本当の顔をさせてやるよ」







強い風が吹いて雲を流す。
吹き飛ばされた雲が太陽を隠した3秒間は、唇を奪うには十分な時間だった。













「…」

「へぇ、そんな顔すんだ、お前」

「…………アホみたいな事言っていい?」

「どうぞ」

「ファーストキスだったのにぃ」

「嘘つけ」

「うん嘘」







彼が笑う。
俺も笑う。

なんだ君はそんな顔で笑うのか。
なんだ君はそんなしゃべり方をするのか。

やっと本当の君に少し触れられた気がする。







「なぁ」

「何」

「俺もアホみたいな事言っていいか?」

「いーよ」

「好きだ。付き合ってくれないか」










桜が一枚ひらりと風に乗った。













終


2007.04.10.





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