44: 携帯電話











沢山の恋をして
沢山の苦しみを知って
沢山の涙を流して
沢山の幸せを探した





恋は甘くて辛くて苦悩ばかりで
なぜ小さな幸せのために大きな代償を払わなくてはいけないのだろう、と頭を悩ませる。




でも僕達は恋することをやめられない。




まるでそれが人生だとでも言うように














「んぁ」





ここは、あれ、おかしいな、俺ん家?
ついさっきまで真っ白なところにいたのに。
真っ白でふわふわして暖かくて気持ちいい、平和だらけのゆっくり無重力世界。

個人的には何か足りない気がしたのだけれど。

それに目をつぶるなら、平和一色幸せ世界。
そんな場所にいたはずなのに。





「、くぁ、……あっ」





生理現象で欠伸をひとつ、酸素を脳に取り込んではっと気付いた。
俺はさっきまで寝ていたんだ、夢を見ていたんだ。
幸せな春色空間は、夢の世界。

足りないものはただ一つ。
















「……もしもし跡部っ?、俺っ」





急いで携帯の履歴から跡部へ電話をかけたけど、繋がったのは留守番電話サービスだった。

“一度で繋がらない”という可能性の一つに、信じられないくらい自分が冷めていくのが判る。


今、最初のワンコールで繋がって、君の声を聞きたかったのに。


忙しくて出られないのかもしれない、気付かなかったのかもしれない。
とにかく一度で跡部は電話には出てはくれなかった。





(一番声が聞きたいときに聞けないんじゃ、意味ねぇじゃん)




悔しいからもう一度かけてみるけど、やっぱり繋がらなかった。
その事実に、どんどん俺の心は冷めていく。



なぁ今じゃなきゃ駄目なんだ。
後から言うんじゃ駄目なんだ。
今、この気持ちが暖まったままの状態で言わなきゃ、駄目なんだよ。





(後3回かけても通じなかったら、諦めよう)





真っ白な幸せでふわふわゆらゆらして楽しい空間に足りないものはただ一つ、跡部。

なんの苦しみも不満も邪魔もない空間ですら、跡部一人の存在には全然敵わない。
ならどんな世界だって、俺のいる場所には跡部が必要不可欠だという事。



それに気付いたから、伝えたかったのに。





(最後の一回…)





電子音が鳴る。
鼓膜を震わせ耳小骨を振動させ、そのまま感音系に音を伝える。
もう4コール目、やっぱりお前は出ない気か。





『、もしもし』

「! あ、あとべっ、」





やっと通じた。
やっと繋がった。
やっと跡部に気持ちを伝えられる。


さっきまで苛立ってた気持ちが、こんな些細な事ですぐに上昇する。

なんて単純な俺。





「あのな、跡部っさっき俺夢見てさ」

『ジロー悪いけど、後にしてくれないか?』

「ぇ、」

『今少し忙しいんだ、…ジローは我慢できる子だよな?』

「……、…」

『ジロー?』

「…判った、じゃもういいや」





跡部の声が携帯から漏れていたけれど、さっさと通話終了ボタンを押した。
そのまま電源も落として、携帯を壁に向かって放り投げる。

固い音が響いて、重力のまま携帯は地面に落ちた。





(たった少しなんだから、聞けよ)





どうしようもない気持ちが、胸の中心を掻き回した。
上昇した気持ちは一気に下降して消えてなくなった。
気付いた幸せな発見はいつまでも俺の胸の中に。





(それでも、好きだなんて馬鹿だ俺)





壊れた携帯と繋がらない電話は、俺と跡部にそっくりだ。










終

2007.03.08.





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