ピリピリとした空気を肺に吸い、痛い気管がチクッと鳴いた。
俺は夜の空気を吸って舞い上がる口からの蒸気を追い抜かすように歩く。
体がうずく、それを求める。
でも足は不思議とゆっくり地面を踏みしめた。
暗い夜道をシューズで踏み付け、街灯の下へ飛込む。
リュックに着いたキーホルダーが弾けて揺れた音がした。
あと少し、そこは静かに待っているから。
登るにつれてだんだん明るくなる階段を登りきり、辿り着いたやたら明るいそこを見る。
そこには光る汗、光るコート、光る君。
その空気を吸ったからかな、胸の奥が酷くざわついた。
平静ではいられない自分に、酷く不安を覚えた。
この緊迫感は君にしか紡ぎ出せない命のリズムだ。
静かな場所なのに、耳を一層すましてみる。
心地好い音。
ラケットでボールを打つ音。
打ったボールがコートに着地する音。
やっぱり我慢できなくなったのは君が一番最初だね。
「…」
ボールを打ち、ストイックに練習を重ねる君の姿は、威圧感があるのにどこか優雅で麗しくて、まるでダンスのようだ。
君の体を汗が這う、君の口から空気が漏れる、君の体の筋肉が軋み大脳を連れ、久々のそれに歓喜の声を上げる。
君はその神聖な行為に夢中で俺には一切気付いていない。
それどころか、誰も君がここにいるのに気付いていない。
ねぇ、フェンスのこちらで見ているよ。
誰も気付かないだろうから俺だけが。
君の胸に潜む恐ろしい程の執着心と探求心と挑戦心。
俺だけが見ているよ。
フェンスのこちら側で。
「…俺には追い付けないかもしれないよ…、アトベ」
鼻の奥がツンとした。
空気は今まさに凍れる刃だ。
動かしづらい唇を動かして一人でポツリと呟く。
それも誰にも見られず知られず、でも怖くはなかった。
跡部の呼吸が聞こえた。
跡部の空気を俺が吸った。
ここは、ひっそりと、誰も知らない、跡部も知らない、俺しか知らない、二人だけの舞台だよね。
ナイター設備の整ったこのコートに強い王者がただ一人
禁欲的にボールを打ち続ける。
その使命を終えても尚、君はボールを打ち続ける。
ねぇ、フェンスのこちらで見ているよ
フェンスを隔てているけれど、ちゃんとしっかり見ているよ
ちゃんとしっかり魅了されているよ
コート上の王者に。
終
2007.01.23.
ブラウザを閉じてお戻り下さい。
|