34: Aqua Flower












昔のおもちゃ箱の中に、小さなガラスビンが一つ。

それは夏祭などに売られているラムネの瓶によく似た形をしていた。
小さいと言っても、ヤクルトくらいの大きさはあるそれは、光を通してキラキラと光った。
中に透明な液体が半分、ちゃぷりと揺れる。
本体からは首にかけれる程度の紐が垂れ下がっていた。

なんとなくその瓶を振ってみる。
しゃかしゃか、と音を立て中の液体は少し泡立った。


どうやらそのラムネのレプリカの中には、石鹸水が入っているようだ。





















「ん」

「…」

「ん」

「…ありがと」






あれ俺、このシーン見たことある。
確かあれは、俺が好きな作品の一つ。
となりのトトロの中のワンシーン。

雨に濡れちゃうからって、カンタがさつきちゃんとメイちゃんに傘を無理矢理渡す所。

今の跡部はその時のカンタによく似ていた。

ただし、渡されたものは傘ではなくて小さなラムネ瓶だったけど。





「…これは?」

「しゃぼん玉」

「わぁっ懐かしいね」

「やってよジロー」

「俺が?」

「あぁ」

「んー、まぁ、いけど、」





なんで俺が、跡部のなんだから跡部がしたらいいのに。

別に文句のつもりじゃあないけど、これは胸にしまってしまって。

俺はガラスビンの蓋をくるりと開けた。



ふわりと香る、石鹸水独特の匂い。
と思ったけど、香って来たのは薔薇の香り。





小さなラムネ瓶の中に詰まった沢山の薔薇。
夏祭りと薔薇園。
喧騒と静寂。
花火と朝露。





連想された何もかもがとても不釣り合いなそれに、思わず俺は笑った。





「んだよ」

「ははっなんでもない」

「あっそう」

「あぁ、そうそう」






跡部はぶっきらぼうにそう言うと、今度は小さなストローを俺に渡してきた。

薄い水色のストローと、ラムネ瓶。

同系色のそれは冬の寒さと光に触れて、生まれたばかりのように生き生きとして見えた。

やっとの解放に震撼しているみたい、それはなんて綺麗だろう。



ストローを瓶の口に入れ、ゆらゆらゆらゆら。

俺が今、ここから出してやるぞ。
さぁさ風向きよし、天気よし、準備はOK。





さあ、始めようか。





「1番、芥川ジロー、しゃぼん玉飛ばしまーす」

「あぁ」





ストローを瓶から取りだし、唇をつけて空気を注いだ。

優しく優しく、綿毛を飛ばすみたいに優しく。

ストローからは小さなしゃぼん玉、大きなしゃぼん玉、中くらいのしゃぼん玉が生まれて、高い空へと舞い上がる。

虹色に輝いてふわふわゆらゆら、それはなんて可愛いだろう。



風に流されるまま、高く高く飛んでいけ。
どこまで行けるかはお前の忍耐強さと風の気分次第。

進め進め、遥か遠く
飛ばせ飛ばせ、天まで高く。

少し経ったら割れて消えてしまうけれど、それすら儚く美しい。



虹と空気の子供。
美しく儚く消えゆく芸術よ。
なぁお前、中々素敵じゃないか。


まるで似ても似つかない花火みたいだ。





「いいね、しゃぼん玉」

「…あんまりよくなかった」

「ありゃまっ、跡部がやらせたのにそりゃないわ」

「もういいよ」

「俺は好きだけど」

「もういいよ、慈郎」







腕を引っ張られた。
また薔薇の香り。

でも今度はラムネ瓶からじゃなくて、なくてなくて



































この強引な腕の中からいつしかなくなってしまったおもちゃ箱の中に、小さなガラスビンが一つ。

それは夏祭などに売られているラムネの瓶によく似た形をしていた。
中に透明な液体が半分、ちゃぷりと揺れる。

どうやらそのラムネのレプリカの中には、石鹸水が入っていたようだ。


















「しゃぼん玉はもうやらねぇ」

「なんで?」

「お前に似すぎてて、不安になるから」

「あらま、なんと信用の薄いこと」







(儚く消える。それはまるでお前そっくりだと言うこと、お前には一生判らない)





強引なこの腕に今必要なのは、薔薇の香りのしゃぼん玉でも夢の詰まったおもちゃ箱でもない。





「慈郎」

「ん、大丈夫」





ただただこの儚い存在が愛しい。
いつまでもこの儚い愛が欲しい。



しゃぼん玉より薄い希望の前には、コンクリートよりも厚い厳しい現実が立ちはだかっているのだ。







お前は知らない。

俺は何を代えても犠牲にしても、お前だけは放したくないということ。

きっとお前は知らない。








「慈郎」

「、ん?」

「もっと肥えろ」

「…んまぁ」

「肥やせ」

「はぁい」

「俺でいっぱいにしろ」





(心を)








「ムードのないこと」

「笑うな、俺は必死だ」

「うははっ」

「好きだ」

「うん」

「好き」

「…」

「好き」

「…、」

「ジロー」

「…っあと、」

「…、!」







薄い希望、薄い心、薄い体。
全部混ざってベッドの中で熱く儚く散り落ちた。












終


2006.12.14.





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