沢山の数えきれない試練を、苦痛を、涙を
乗り越えたから今ここに僕たちがいる。
「慈郎、何してんだ」
「日記を書いている」
「やめとけ、続きゃしねぇから」
「でも書くのです」
季節が流れて巡って、またこの季節がきて。
でも同じ瞬間は二度と来ない。
時間の流れはとても非情なのだ。
「3日前は何を食べたっけ」
「脳トレかよ」
「違う違う」
「つかそれ既に“日記”と呼びがたい形態になってるし」
「書いておかないと忘れるの。でも書き忘れるのさ」
「じゃあ忘れちまえ」
跡部の指が無器用に俺に伸びてきて、壊れ物を触るみたいに頬を撫でた。
どう触ったら壊さないか、どれほどの力で触れば傷めないか、気にしながら触る。
何でも手に入り、何でもできる彼は、小さな小さな豆粒ほどの俺をとても大切に想っているなんて。
それが勿体ないようで、くすぐったくて、けれど決して離さない。
だって俺もこの存在を渇望しているのだから。
見えなくなったら渇いて渇いて仕方ない。
「不安なら、触らなきゃいいのに」
「触らなきゃそれはそれで不安なんだよ」
「じゃあ安心してよ、そんな簡単に壊れないから」
君が思うほどここにいる豆粒ほどの俺は繊細じゃないから。
「もし壊れたらどうする」
「じゃあ、一緒に壊れなよ」
「へぇ、いいこと言うな、お前」
「ふへへ、もっとほめてもいいよ」
「よしよし」
「ふははは」
こんな俺が壊れるときなんて、この世にただ一つだから安心して。
(それは君をなくしたとき)
沢山の数えきれない試練を、苦痛を、涙を
乗り越えたから今ここに僕たちがいる。
やっと掴んだ君の手が、見えなくなったら渇いて渇いて仕方ない。
だからお願い、離さないで、決して離さないから。
終
2006.11.28
ブラウザを閉じてお戻り下さい。
|