32: ほめてもいいよ












沢山の数えきれない試練を、苦痛を、涙を
乗り越えたから今ここに僕たちがいる。










「慈郎、何してんだ」

「日記を書いている」

「やめとけ、続きゃしねぇから」

「でも書くのです」






季節が流れて巡って、またこの季節がきて。

でも同じ瞬間は二度と来ない。



時間の流れはとても非情なのだ。






「3日前は何を食べたっけ」

「脳トレかよ」

「違う違う」

「つかそれ既に“日記”と呼びがたい形態になってるし」

「書いておかないと忘れるの。でも書き忘れるのさ」

「じゃあ忘れちまえ」






跡部の指が無器用に俺に伸びてきて、壊れ物を触るみたいに頬を撫でた。

どう触ったら壊さないか、どれほどの力で触れば傷めないか、気にしながら触る。


何でも手に入り、何でもできる彼は、小さな小さな豆粒ほどの俺をとても大切に想っているなんて。


それが勿体ないようで、くすぐったくて、けれど決して離さない。


だって俺もこの存在を渇望しているのだから。




見えなくなったら渇いて渇いて仕方ない。






「不安なら、触らなきゃいいのに」

「触らなきゃそれはそれで不安なんだよ」

「じゃあ安心してよ、そんな簡単に壊れないから」






君が思うほどここにいる豆粒ほどの俺は繊細じゃないから。






「もし壊れたらどうする」

「じゃあ、一緒に壊れなよ」

「へぇ、いいこと言うな、お前」

「ふへへ、もっとほめてもいいよ」

「よしよし」

「ふははは」






こんな俺が壊れるときなんて、この世にただ一つだから安心して。







(それは君をなくしたとき)





沢山の数えきれない試練を、苦痛を、涙を
乗り越えたから今ここに僕たちがいる。

やっと掴んだ君の手が、見えなくなったら渇いて渇いて仕方ない。





だからお願い、離さないで、決して離さないから。











終


2006.11.28





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