31: 晩秋の最前線












この気持ちに名前をつけるなら
一体なんだろう。

俺の生きてきた人生の中には
まだそれに当たる名前を知らない。




これはなんなんだろうね?










「あ、」

「ん?」

「いや、なんでもない」

「そう」






ほんの些細な事が気になったりする。

ご飯を食べる時とか運動をした後、椅子に座る時とか辞書に触る時。

ほんとうに些細な事が気になるんだ。






「手、おっきぃなぁ」

「ん?ああ、まぁジローよりはな」

「でも指は細いな」

「長いけどな」

「うわ嫌味ー」

「はははっ」






指先がほんの少し、本当にほんの少し、触れた。
一瞬で触覚が跡部の温かみと肌のやわらかさを脳に伝えて、その信号で瞬時に体は発熱する。

嫌味を言われても意地悪そうに微笑まれても、体は熱を持つばかりで発散方法が判らない。



風が流れて秋を体に取り込んだ。

太陽はキラキラしている。






「ほら、」

「おぉ」

「寒くない?」

「寒い」

「我慢しろ」

「ふへっ」






手を握った。
肌の柔らかさと固さと、掌の温もりと指先の冷たさが俺の手に閉じ込められる。

そうすると胸は音を立てる。
小太鼓みたいな軽い音を。


それは恋だ。
そんなの知ってる、判ってる。

恋だと言うだけで、自然と体は血液を沸き立たせるのだから。


それは知ってるけど、じゃああの気持は何?

ご飯を食べる時とか運動をした後、椅子に座る時とか辞書に触る時に感じるあの気持ちは何?


ご飯を食べる時、見られているかもしれないと感じる。
運動をした後、もしかしたら汗臭いかもと思う。
椅子に座る時、さっき座っていたなぁと心が揺れる。
辞書に触る時、以前貸したなぁと思い出す。



太陽が暖かく降り注いで、差し込んだ光が俺と跡部の間を裂いた。

光は握った手と手をやんわりと暖めて、肌の白さを焦がす。





長い睫と少し彫りの深い顔。
色の白さと肌のキメ。
通った鼻筋と薄い唇。

ただ青いだけじゃない、少しグレーの入った小さな瞳が優しく揺れた。




《この気持ちの名前は何?》




君で俺のちっぽけな宇宙が回っているような感じ。


いっそそのまま委ねていたいと思う。
いっそこのまま流されていたいと思う。

ここまでさせるこの俺の気持ちの名前は一体何?






「手」

「んだよ」

「汗かいてきた」

「気にしねぇ」

「気になる」

「気にすんな」






跡部が優しく俺の頭を撫でた。
俺にしか見せない笑顔で笑った。


たった一人の人間の手で、笑顔で

それだけで生きている事が幸せに思える。






「ジロー」

「はい」

「可愛いこと言うな」

「かっ、……はーい」

「ははははっ!」






この幸せな気持ちの名前を知りたい。

だって今よりもっともっと君に近付けそうな気がするから。






《可愛いって言われて変に嬉しいのもこの気持ちのせいかな》





そろそろ恋人たちが寄り添える
冬が到来する









終


2006.11.09.





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