30: フリーライター












――――季節が秋から冬へ変態しようとしている。
ここはもの悲しい僕の家の僕の部屋。
正確に言うと僕の家族が住む家の僕の部屋。
もっと正確に言うなら、僕の父が買って僕の家族が住んでいる家の中の、僕に与えられた部屋。
ここは一番落ち着ける場所でないといけないのに、全く機能をしていない。
これは駄目だ、相当駄目でさっぱりだ。
だから僕は――――






「……あー…煮詰まった…」

「まずその書き出しからおかしいだろ」

「もう嫌だー小説なんか書きたくないー」

「わざわざ“変態”って使うか普通」

「俺は使う。何故ならおもしろいから」






ジローはケラケラと一人で笑った。
俺は溜め息をついて、ジローが書いた小説をもう一度読む。
ダラダラと長く家の説明をして、行かせぎなんてせこい奴。
思わず頬が緩んでしまった。



先週の水曜、課題が出たのだ。
国語教師が笑いながら仁王立ちをして俺達に挑戦状をたたき付ける。

真っ暗闇の荒れ地にたたずむ教師と俺達。
次の瞬間、教師のバックに一筋の力強い稲光が落ちる。


「お前らに試練を与えるっ!!」


逆行の中から微かに見える教師の不適な笑みに、思わず固唾を飲み込む。
かくして俺達40人には、小説を書いて来いという指令が下ったのだ。
ちなみにテーマは、《私の周りの身近な出来事。》

先程の風景、表情は全てイメージであるが、映像化されたらああなる事間違いなしだ。
そのくらい俺達には衝撃的だった。

そんなもん簡単に書けるかよ、と誰もが言ったし、勿論俺も思った。
でも、なんだ簡単じゃないかと案外すらすらと書けてしまった俺。

小説家かフリーライターにでもなるかな、なんて自分に冗談を言いながら
ジローにそれを見せたらジローは笑っていた。
おかしくてじゃなくて、嬉しい笑顔だったみたいだが
何故そんな気持ちになったか俺にはさっぱり判らなかった。






「つか説明長ぇ」

「いーの」

「読み飽きんだろが、これじゃ」

「いーの」

「頑固だな」

「あとべにはちょっと負けるかも」






お互い見つめあって吹き出した。



ジローの笑顔が心に染み込む。
二人だけの特別な空気を、今日初めて共有した気がする。

ほんの少しだけ国語教師に小さく感謝した。
今だけは“先生”と呼んでもいい。




最近ジローと触れ合う時間があまりなかった。

部活も忙しいし、プライベートも少し忙しかった。
お互いの予定が合わなくて早4日。

なんだかとても長い間離れていた気分だ。



そんな中、課題が出来ていないんだ、とヘルプの声がジローから俺に投げ掛けられる。

正直とても嬉しかった。

文系は忍足の方が得意なのに、それでも声をかけられたのは俺だった。
そこまで考えてから、ジローももう限界だったのかもしれないなと思った。


逢えない間の時間と距離から生まれた俺達の心の準備は、十分すぎるほど。
ただし、荒れ乱れてはいたが。






「ジロー」

「はい」






名前を呼ぶと嬉しそうに笑って返事をした。
そしてそのまま顔をこちらに向けて目を閉じる。


長いまつげのおかげで、目の下に影が生まれる。
それが、その一連の仕草があまりにも愛おしくて、頭を優しく撫でた。

頭の形が手の平で判るくらいフィットして、俺の手がでかいのかジローの頭が小さいのか。
ただ暖かくて落ち着く体温を目の前と手の平に感じた。


時々怖い。
こんなに愛しい存在がいてもいいのだろうか。
こんなに幸せな気持ちを感じていてもいいのだろうか。

本当に怖いくらいに幸せで、このまま堕落してもいいと不覚にも思う。


君といつまでもこの幸せを感じていたい。

その気持ちに嘘も偽りも何もなかった。





恋とはとても人間をおとしめる。

胸を苦しめて苦しめて、もう息が出来ないくらいに辛くなったらまた
手の平に乗るくらいに些細な幸せが舞い降りる。

人間は、そのほんの少しの幸せのためだけに、命と時間を費やすのだ。

それは俺にとっても決して例外ではなくて、むしろ順ずる事だった。






「あー、もう、お前駄目だよ」

「えぇー?」

「お前は本当、可愛すぎて……どんな風に愛したって全然足りない」

「………、…あとべって…」

「…何?」

「…なんでもない」






唇を重ねた。


ジローの言葉毎飲み込んで
決してこの愛しい人物を離さないと心に誓う。




少しだけ深くて大人なキスを
子供の俺達が繋ぐ。



本当に、ジローがジローでよかった。











(跡部はやっぱり、格好いいね)



小さく笑って言った君の笑顔を俺はいつまでも忘れない。








終


2006.10.31.





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