28: 黒煙













毒を持っててごめんね。








「なんで殴ったんだ?」

「驚いて…」

「嘘だな」






トモダチに怪我をさせました。

本当はトモダチじゃないけど、
クラスメイトなんて親しい間柄でもないけど、
同じ学年だって初めて知ったけど、

トモダチに怪我をさせました。


父さんと母さんは悲しくなって、作り笑いをしました。
大丈夫?と聞いてくれました。

友達は笑いました。
またやったのかよ!と笑い、大丈夫か?と聞いてくれました。

跡部は怒りも笑いもしませんでした。
ただ、原因だけを聞こうとしました。






「相手からしたのか?」

「いや、俺から」

「矛盾してるじゃないか」

「え?」

「急に殴りかかってきて、驚いたんだろ?」

「…あ、そうだった、間違えた」

「もう遅い」






跡部はとても優しく僕の右手を包んでくれました。

たんぽぽの綿毛を風から守るみたいに、そっとふわりと。


跡部の手の中には包帯にまみれた僕の右手がありました。

僕の胸の中には蕀の鎖にまみれた何かが生まれました。


心臓じゃないけど、とても大事なもの。
臓器じゃなくて、血管じゃなくて、神経じゃなくて

それを人は心と呼びました。






「痛かっただろう?」

「痛くないよ」

「いや、痛かったはずだ」

「俺は指骨が折れたのに気付かなかったんだよ?痛くないよ」

「じゃあ痛みを感じさせない何かがあったんだ」

「………ないよ、ないない」

「……ジロー」






3限と4限の間の小休止。
10分の貴重な休み時間に俺は裏庭に行った。

晴れた日のお昼寝は最高だからだ。


彼等はそこにいた。
煙草を吸っていた。


空気が汚れるなぁ
跡部が吸う空気なのに、汚さないで

そう思いながらその場を離れようとしたら、彼等の足元に何かが見えた。

よく見ると見間違いない、跡部の写真だった。


なんで跡部の写真を持っているんだろう
と思っていたら、彼等は当たり前のようにその上に煙草の灰を落とした。

会話は聞こえなかった。
聞きたくなかったら、人は耳を押さえなくてもものを聞かないように出来るから。

彼等はそのまま、写真に煙草を押し付ける。
火を消すように、ぐりぐりと押し付ける。

口も鼻も目も首も、焦げているし、火種のせいで穴が空いていた。


見間違いかもしれない。
あれは跡部の写真じゃない、きっとそうだ。

自分に言い聞かせたけど、愛しくて狂おしい彼を見間違うはずなかった。


彼等は笑った。
それは楽しげに笑った。

俺も笑った。
怒りで頭の中に黒煙が渦巻いていた。








「何もない」

「言えよ、ジロー」

「何もないから、何も言えない」

「言えって」

「言わない」

「………」






頭の中の黒煙が晴れて、よく見たら数人が倒れていた。

血まみれで、汚いし、醜い。


跡部の目には触れさせちゃ駄目だ
跡部には何も関係がないし、そう思われてもいけない。

そう思って、残った跡部の写真をポケットに押し込んで逃げた。

とても怖かった。






「ジロー、頼むよ」

「何もないんだ、本当に」

「俺にもお前を心配をさせてくれよ」





外では子供の笑い声が消えていました。

もうそんな時間か、と他人事になってみるものの
心の中は不安の黒煙が渦巻いています。

冷静になんていられません。






「俺にもお前を怒らせてくれよ」

「……」

「お前が俺の知らないところで傷を作るなんて……気が狂いそうだ…っ」

「………ごめん」

「……ジロー…、」

「……ごめん」






お互いが苦しむ恋は

恋じゃないですか?








僕らの心には黒煙が渦巻いています。

晴れることのない黒煙が

ぐるぐる
がんがん

責めあげるのです。






頭は冷静さを失い、でも与えられた幸福な言葉に熱を持ちました。






(お互いが知られたくない姿もあるじゃない)






あなたにだけは

嫌われたくはないのだもの。







黒煙は今日も僕を、君を覆っているのかもしれません。




不安と狂気の向こうに
幸せを求める僕らを。










終


2006.10.28.





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