23: 紫陽花













「……オイ」

「はい」

「……今までどこにいた?」

「裏庭であります」

「………」





濡れてしまうよ

さあ

傘、どうぞ。











「…雨か」






空から恵みが舞い降りる。

色とりどりに咲く傘はまるで紫陽花のようだ。
楽しげに右へ左へ、時には怒っているように急いで
紫陽花はゆらゆら揺れる。


そんな他人の幸せを横目に僕は
傘を持ってただ一人、君を見失って立ち尽くす。






「どこ行ったんだ、あいつ」






もしかしたらいるかもしれない、と淡い期待を抱いて
辺りを見渡しても何も変わらない。
そこにはやはり、幸せそうに笑いながら帰る人々の群れ。

親子や恋人や友人やさまざまで
ああ、小学生の可愛らしいカップルまであるんだ。






「…あんな小さい子も仲良くしてるのになぁ」






虚しく響いた俺の羨望の声が空気の中へ
雨に打たれて散って消えた。






(…何やってんだ、俺)






自潮ぎみに自分に問いかけてみるも、
答えは見付からなかった。
見付ける気もなかったのだけど。

もう一度、近くにいないか辺りを見渡した。
でも俺の愛した金色は見付からなかった。






「…まいったな、ジローがいねぇと帰れねぇぞ」






頭を少しかく。
俺の困った時の癖だ、とジローに言われた事がある。
それ以来はこの癖にどこか愛着が沸いてしまったのは小さな秘密。


しかし、ジローは今、本当にどこにいるのか。
もしかしてもう一人で帰ったのかな。
傘は持ってなかった筈だ。
と言うことは、濡れて帰ったのか。



帰ろうか、と考えていた時
突如雨粒に背中をつつかれた。

実に冷たい感覚で
ツンツン、ツン






「……オイ」

「はい」

「……今までどこにいた?」

「裏庭」

「………」






あっけらかんとした口調。
それが当たり前なのだとでも言うようだ。
まぁこの雨粒くんにとっては当たり前なのだろう。

しかし、俺からは重い溜め息が出た。

きっと彼は日中から昼寝をしていたんだろう。
雨が降る前の、湿度のかなり高い中幸せな寝顔を自然に向けて。


(学校には睡眠をしに来ているに違いない)


なんて思いながら、今日の偶然に肩を落とす。
何で今日に限って外で昼寝をしてるんだ。






「…」






少しお灸を据えなくてはいけない。
俺にとっては地球同然の大切な君だから。




俺がジローの前で作れる精一杯の不機嫌顔をして
愛しいジローを見つめた。

ジローは俺の目を見ずに下を向いたままだ。
酷く濡れている。

体が冷えきり、肌は陶器のように白く、
その下に赤黒い血液が通っているなんてまるで感じさせない白さ。
それは俺を今まで以上に不安にさせるには十分だった。






「……ジロ」

「…ごめんよ」

「怒ってない、大丈夫だよ」






ジローの小さな体を腕の中にそっと閉じ込めた。
俺の体からジローの体へ熱が簡単に奪われる。

でも、うん、悪くない。






「あとべダメ、濡れる」

「かまうもんか」

「っ…ダメだったら」






今までより一層抱き締めて、ジロー全てを間近に感じる。
肌は相変わらず熱を失い、柔らかい唇は少し色見がない。
普段のふわふわの髪は雨でしぼんでしまっている。

寒かったなジロー、暖めてあげる。






「…俺はな、ジローが体を壊したら嫌だ」

「うん」

「それがジローが望んでいないのなら、尚更」

「うん」

「悲しいんだ」

「うん」

「ジロー、」

「はい」

「好きだよ」






唇をはさむように、ついばむようにキスをする。
熱の足らないジローの唇が俺の唇からも熱を奪う。
吸い付いて、全部奪うみたいに深いキスを君に。

奪いたいんじゃなくて、守りたいのだけれど
まだ方法を知らないんだ。



もう少し待っててな、
ごめんな、
大好きだよ。


















傘が音を立てて開かれた。
















「…人が、見てた」

「ごめん」

「あとべの、スケベ」

「ごめん」

「……否定、しないのか…?」

「残念だけど、俺ジローが思うほど紳士じゃないぜ」

「!」






一つの傘に二人で入る。
二人とも濡れないなんて勿論できないから、
お互い少し肩を濡らして。


うん、やっと歩ける。






「?」

「いや、なんでもねぇ」

「ううん、確かに何か言った」

「言ってないよ」

「嘘だ」






(君がいないと一人でまっすぐに歩けもしない)



格好悪くて言えないだろう?




大きな紫陽花が一輪
二人で一つの花だから






(少しは綺麗かな)






これからも君と二人で。










終


2006.09.09.





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