19: 梅雨時雨














「あ、」

「ん?」

「傘、忘れた」

「……またか」






梅雨の季節がきた。

ということは、いつも通り、毎年の恒例行事が始まった。


名付けて、ジローの雨乞い大作戦。






「ジロー、いい加減にしなさい」

「違うの、俺の家には傘がないの」

「嘘ばっかり」

「う…嘘じゃ、ないニョロ…」

「あ、怪しい!」






首だけ横に振って、ニョロ、ニョロ、ニョロ。



愛しいジローは今日はミミズの子。






「…ジロー」

「ぅ…」






少し睨みをきかせてジッと見つめると、小さくむむ、と言って怯む。
毎年毎年俺に傘を借りてばかりなジロー。


たまには自分で持ってきなさい!



(今日こそは少し説教だ!)






ジローは、未だ鋭い俺の視線におどおどびくびく。






「おおお、お願いあとべ…」






ジローのしゅんとした表情、うなだれた肩と首。
時折俺の表情を確認する甘えたな視線。



それらは堅い堅い俺の決意をいとも簡単にぐらぐら緩ませた。

抜けそうで抜けない歯みたいに、とても不安定。



(ジローの願いは全て叶えてあげたいけど…)



でも、でも……でも…。






「……仕方ないな…」

「やったー!」






やっぱり俺は、結局ジローに甘いのだ。




























二人で肩を並べて雨の世界をザーザーザー。

雨は大粒、槍のよう。

地面に叩き付けられては小さく散る。



自害大好き雨粒くんは、少しばかり嫌われものだ。






「あのさ」

「うん?」

「傘をさ」

「うん」

「逆にして、雨を溜めたらどうなるかな」

「……溜ると思うよ」

「ちがうー」






いつも通り、突如繰り出す謎な発言はもはやジローの証になってしまった。

しかし、傘の中に雨を溜めてどうするんだろう。

俺には想像しがたい。






「ジローはどうなってほしいの?」

「例えば…雨水が甘くなるとか…」

「…飲むの?」

「…ちょっとためらう」






お互い目を見て笑いあう。


夢があっていいね、愛しい愛しいジロー。


それでこそジロー、

君はそうでなくちゃ。






「他には?」

「んー、淡いピンク色になるとか」

「乳白色?」

「うん」

「いいな、それ」

「でしょ?」






笑顔をにこりと見せ、粘着質な空気を裂いてジローの手が
俺の傘を持つ手に重なる。

少し高めの体温がぐっと伝わり、俺の体温も上がった。
それは俺の心の中にある、膨張をし続ける恋心の仕業。



ジローは笑顔のまま傘を前に、流れるように弧を描き。




ぽつり、ぽつり、ザアザアザア…



ジローの笑顔に見惚れている間に、体はいつしか雨水の槍を受けていた。






「…ばか、これじゃ傘の意味、ないだろ」

「へへへ」






先ほど提案したとおりの事が実際にジローの手で起こされている。
雨が少しずつ傘の底に溜まってゆく。





雨は何食わぬ顔で二人をどんどん濡らした。

酷いどしゃ降り、もう乾いてる部分はないんじゃないかと錯覚。


生暖かい雨の向こう数十センチ先の世界、麗しく彩る瞳に





抗うすべなどない、全てが奪われるまで。






「…服も体も、濡れちゃったじゃねぇか」

「あれ、もうずっと前からびしょびしょでしょ?」

「?」

「梅雨の雨が街を濡らすよりも、もっともっと前から」











ああ、そうだったね。

ずっと前から、愛で心も体もびしょびしょだ。
































君とならずっと雨に打たれてもいいと思う。



(それが愛の雨ならことさら)












二人を濡らす雨はまだ止むことを知らない。


















終


2006.07.04.





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